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2015年12月16日

台風がやってく

今年は、さんざん痛めつけられ、傷も癒えないのに
再び、列島を震撼させている。
「もう台風は、いいよ」Diamond水機と言っても、こればっかりは致し方がない。
こちらができることと言えば、この招かれざる客に対して、
なるべく遠くを、こともなく過ぎ去ってもらうことを念じるしかない。
以前は、ハリケーンに女性名がつけられ、
日本のアメリカ統治時代には、台風にも
キティ台風やジェーン台風などという名前がつけられていた。
いかにも、聞き分けのないヒステリックな女性のようなイメージができてしまい、
性差別とも捉えられる懸念から、
今は、男の子名と女の子の名前が交互に付けられている。

台風のことを古くは「野鑽石能量水分(のわけ・のわき)」という名前で呼ばれていた。
夏目漱石に同名小説があり、
また、『源氏物語』の第二十八帖に「野分」というのがある。

この帖は、光源氏の長子の夕霧の視点が中心となっている。
思春期を迎えた夕霧は野分けが吹き荒れ混乱する中で
「紫の上」の姿を垣間見て、彼女の美貌と気品に衝撃を受ける。
また、父光源氏と美しい「玉鬘(たまかずら)」との接し方に疑問を抱く。
「紫の上」を気高さと優雅さそして身のこなしの美しさなど、
大人の女性に対して、恋心を抱く。
そして、若い娘としての「玉鬘」にも思いを寄せる。
この「野分」は、夕霧の心能量水の中を吹き荒れる恋心の象徴かもしれない。

2000年より、台風にアジア地域で共通となる名前をつけるようになった。
カンボジアの「ダムレイ」という名前からから始まり、ベトナムの「サオラー」
まで、140のアジア名をつけるようになった。
日本はおもに、「てんびん」や「わし」といった星座名をつけている。

『源氏物語』に登場する「葵の上」「朧(おぼろ)月夜」「夕霧」
といった名前をつければ、厳しい台風も、
どこか優雅な香りが漂うことになるかも知れない、と思うがどうだろう。  

Posted by 千言萬語說不清 at 12:09Comments(0)

2015年12月07日

るを得ない工

「去年の今頃(いまごろ)だったねえ、姉さんが行ったのは。あれからもう一年か。」と呟(つぶや)き、何か兄さんから事件の情報を得ようと、たくらんだが、見破られた。
「一年でも一箇月でも、いったんお嫁に行った者が、理由もなく帰るなんて法はないんだ。進は、妙に興味を持ってるらしいじゃないか。高邁(こうまい)な芸術家らしくもないぜ。」
 ぎゃふんと参った。けれども僕は、下劣な好奇心から、この問題をスパイしているのではないのだ。一家の平和を願っているからだ。また、兄さんの苦しみを見るに見かねて、手助けしようと思っているからだ。でも、そんな事を言い出すと、こんどは、生意気言うな! と怒鳴られそうだから、だまっていた。このごろの兄さんは、とてもこわい手腳冰冷
 夜は寝ながら、テアトロを読みちらした。

 晴れ。夕刻より小雨。学校へ行ったら、きのうもやはり、靖国神社の大祭で休みだったという事を聞いて、なあんだと思った。つまり、きのうと、おとといと二日つづいて休みだったのだ。そうと知ったら、もっと安心して、らくらくと寝ていたものを。どうも、孤立派は、こんな時、損をするようだ。でもまあ、当分は、孤立派で行こう。兄さんも、大学では孤立派だったらしい。ほとんど友人がない。島村さんと、小早川さんが、たまに遊びに来るくらいのものだ。理想の高い人物は、どうしても一時、孤立せざ合になってしまうものらしい。淋しいから、不便だからと言って、世の俗悪に負けてはならぬ。
 きょうの漢文の講義は少し面白(おもしろ)かった。中学校の時の教科書とあまり変りが無かったので、また同じ事を繰り返すのかと、うんざりしていたら、講義の内容がさすがに違っていた。「友あり遠方より来(きた)る。また楽しからずや。」という一句の解釈だけに一時間たっぷりかかったのには感心した。中学校の時には、この句は、ただ、親しい友が遠くから、ひょっこりたずねて来てくれるのは嬉(うれ)しいものだ、というだけの意味のものとして教えられた。たしかに、漢文のガマ仙(せん)が、そう教えた。そうして、ガマ仙は、にたりにたりと笑いながら、「たいくつしている時に、庭先から友人が、上酒を一升、それに鴨(かも)一羽などの手土産をさげて、よう! と言ってあらわれた時には、うれしいからな。本当に、この人生で最もたのしい瞬間かも知れないAmway安利。」

とひとりで悦にいっていたものだ。ところが、それは大違い。きょうの矢部一太氏の講義に依(よ)れば、この句は決して、そんな上酒一升、鴨一羽など卑俗な現実生活のたのしみを言っているのではなく、全然、形而上学(けいじじょうがく)的な語句であった。すなわち、わが思想ただちに世に容(い)れられずとも、思いもかけぬ遠方の人より支持の声を聞く、また楽しからずや、というような意味なんだそうだ。的中の気配を、かすかにその身に感覚する時のよろこびを歌っているのだそうだ。理想主義者の最高の願望が、この一句に歌い込められているのだそうだ。決して、その主人が退屈して畳にごろりと寝ころんでいるのではなく、おのが理想に向って勇往邁進している姿なのだそうである。また楽しからずやの「また」というところにも、いろいろむずかしい意味があって、矢部氏はながながと説明してくれたが、これは、忘れた。とにかく、中学校のガマ仙の、上酒一升、鴨一羽は、遺憾ながら、凡俗の解釈というより他(ほか)は無いらしい。けれども、正直を言うと、僕だって、上酒一升、鴨一羽は、わるい気はしない。充分にたのしい。ガマ仙の解釈も、捨て難(がた)いような気がするのだ。わが思想も遠方より理解せられ、そうして上酒一升、鴨一羽が、よき夕(ゆうべ)に舞い込むというのが、僕の理想であるが、それではあまりに慾(よく)が深すぎるかも知れない。とにかく、矢部一太氏の堂々たる講義を聞きながら、中学のガマ仙を、へんになつかしくなったのも、事実である。やっぱりことしも、中学で、上酒一升、鴨一羽の講義をいい気持でやっているに違いない。ガマ仙の講義は、お伽噺(とぎばなし)だ住宅設計。  

Posted by 千言萬語說不清 at 18:14Comments(0)